室町時代の流れ|室町幕府の成立から室町幕府の滅亡まで

目次

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室町幕府の成立と南北朝の動乱(1336〜1392)

1333年~1336年頃 (建武)の新政
(後醍醐)天皇が親政を開始しましたが武士への恩賞不足+公家中心政治により武士の不満が爆発し、2年後に足利尊氏との戦いに敗れ政権は崩壊しました。

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1336年 足利尊氏の反乱

1338年 (足利尊氏)が(征夷大将軍)になり、室町幕府を開きました。
1338年
南北朝時代
(持明院)統の(光明)天皇から任じられました。(京都の北朝)
(大覚寺)統の(後醍醐)天皇は認めていません。(吉野の南朝)
南北朝の分裂(同時に2つの朝廷)の状態になりました。
南朝=後醍醐天皇(正統とされる)
北朝=幕府が擁立
武士も分裂

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足利尊氏像(浄土寺蔵)/Wikipediaより引用

 
1350年 観応の擾乱(かんのうのじょうらん)
足利尊氏の執事の(高師直(こうのもろなお))と足利尊氏の弟の(直義(ただよし))の争い。
※執事とは将軍を補佐する役職です。
幕府内部の内乱で南朝が一時有利になりました。

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1352年 (半済(はんぜい)令)
守護が年貢の半分を徴収することを認めました。
→守護が強大化し、後の戦国大名につながりました。

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1368年 朱元璋が元に代わり明を建国。

幕府の最盛期(1392〜1467)

1392年
南北朝合一
(足利義満)の仲介で南北朝がひとつになりました。

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足利義満像(鹿苑寺蔵)/Wikipediaより引用

 
1392年 李成桂が高麗に代わり李氏朝鮮を建国。

1394年 足利義満が(太政)大臣になりました。

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1397年 (北山)文化
足利義満が(金閣寺(鹿苑寺))を建てました。

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金閣寺-舎利殿
Kakidai, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 
1404年 足利義満により(日明)貿易が始まりました。(勘合)貿易とも呼ばれます。
勘合とは合い札です。
明側から貿易許可の条件として倭寇の取り締まりがありました。
対等貿易ではなく(朝貢)の形式でした。
1404年頃から16世紀半ばまで、約140年間続きました。

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1428年 (正長)の土一揆(しょうちょうのどいっき)が起きました。
農民が蜂起しました。
・徳政要求(借金帳消し)
・社会不安の象徴
→農民の力が増大

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1438年 永享の乱
鎌倉公方の足利(持氏)と関東管領の上杉憲実の対立から
6代将軍足利(義教)が鎌倉公方の足利(持氏)討伐を命じました。
鎌倉公方・・・鎌倉府の長官
関東管領・・・鎌倉公方を補佐

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1441年 (嘉吉)の徳政一揆(かきつのとくせいいっき)が起きました。
農民が徳政令を求めました。
嘉吉の乱で守護の(赤松満祐)が6代将軍の足利(義教)を殺害。

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幕府の動揺(1467〜1477)

1467年~1477年 応仁の乱
将軍家、管領家、守護大名等が西軍と東軍に分かれて戦いが長期に続きました。京都は荒廃し室町幕府は弱体化しました。

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※管領とは将軍を補佐する役職です。斯波、細川、畠山のみが任命されていたので(三管領)と呼ばれます。

東軍 細川勝元
足利義尚 足利義政(8代将軍)と妻の(日野富子)の子
畠山政長、斯波義敏
管領家中心・将軍寄り、比較的中央寄り
西軍 山名宗全
足利(義視) (足利義政(8代将軍)の弟)
畠山義就、斯波義廉
反細川勢力・大勢力、地方勢力が強い

戦国時代へ(1477〜1573)

1482年 (東山)文化
8代将軍の足利(義政)が(銀閣寺(慈照寺))を建てました。

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Ginkaku-ji (銀閣寺)
Oilstreet, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

1485年 (山城)の国一揆
山城の国人が畠山義就と政長の両軍を退去させ自治を行いました。

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1488年 (加賀)の一向一揆
一向衆徒らが国を支配しました。1580年まで続きました。

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1493年 北条(早雲)が室町幕府の機関である伊豆の堀越公方を滅ぼしました。
最初の戦国大名といわれます。
戦国大名である武田信玄は1521年生まれ、上杉謙信は1530年生まれ、織田信長は1534年生まれです。

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1543年 種子島に(鉄砲)が伝わりました。
島主は種子島時堯でした。
 
1549年 (イエズス)会の(フランシスコ・ザビエル)がキリスト教を伝えました。

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フランシスコ・ザビエル肖像/Wikipediaより引用

 
1553年~1564年 (川中島)の戦い(5回)
上杉謙信と武田信玄の戦いです。決着はつきませんでした。
 
1560年 (桶狭間)の戦い
織田信長が今川義元を破りました。

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1573年 (織田信長)が足利(義昭)を追放し、室町幕府は滅亡しました。

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室町文化

武士(禅)+公家(伝統)が融合した文化

能楽 世阿弥
仮面・舞・音楽による演劇
狂言 能の合間の喜劇
庶民的・会話中心
書院造 武家住宅の様式
床の間・襖・畳
庭園 枯山水など
禅の影響
水墨画 墨の濃淡で表現
雪舟
茶の湯 茶を点てて交流
村田珠光
精神性 わび・さび
禅の影響

室町時代の天皇

96 後醍醐天皇 大覚寺統。南朝。建武の新政を行う。吉野で朝廷を開く。
97 後村上天皇
98 長慶天皇
99 後亀山天皇
北朝1 光厳天皇 持明院統。北朝。
北朝2 光明天皇
北朝3 崇光天皇
北朝4 後光厳天皇
北朝5 後円融天皇
100 後小松天皇 北朝6代。南北朝統一。三種の神器を受け取る。一休宗純は子と伝えられている。
101 称光天皇
102 後花園天皇
103 後土御門天皇
104 後柏原天皇
105 後奈良天皇
106 正親町天皇
107 後陽成天皇

三種の神器・・・「八咫鏡」やたのかがみ、「八尺瓊勾玉」やさかにのまがたま、「草薙の剣」くさなぎのつるぎ

足利氏15代将軍一覧

1 足利尊氏 征夷大将軍になり、室町幕府を開く。
2 足利義詮
3 足利義満 南北朝の統一。日明貿易の開始。金閣寺(鹿苑寺)を建てる。
4 足利義持 日明貿易の停止。
5 足利義量
6 足利義教 日明貿易の再開。
7 足利義勝
8 足利義政 銀閣寺(慈照寺)を建てる。日野富子との子供の足利義尚と弟の足利義視の後継者問題で応仁の乱が起こる。
9 足利義尚
10 足利義稙
11 足利義澄
12 足利義晴
13 足利義輝 剣豪の将軍と呼ばれる。
14 足利義栄
15 足利義昭 織田信長に擁立されて上洛したが対立し京都から追放される。

三管領・四職

足利義満の頃に成立

三管領 斯波・細川・畠山 将軍の補佐
四職 赤松・京極・一色・山名 有力守護(補佐)

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