目次
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旧石器時代
| 約3万7千年前~約1万6千年前ごろ |
寒冷な気候により海面が下がったことで、日本列島は大陸と一部で地続きになりナウマンゾウなどの大型動物が日本へ渡ってきました。 北海道ではマンモスも確認されています。 群馬県の(岩宿(いわじゅく))遺跡で石を打ち割って作った(打製(だせい))石器がみつかりました。 長野県の(野尻)湖で動物を解体したと見られる石器がみつかりました。 |
確認 |
| 打製石器 |
岩宿I石器文化 via Wikimedia Commons |
縄文時代
| 約1万6千年前〜紀元前10世紀ごろ |
温暖化による海面上昇を経て、現在の日本列島に近い地形が形成されました。 人々は(縄文)土器や石を磨いて作った(磨製(ませい))石器を使い、狩猟・採集・漁労を中心とした生活を送りました。 1877年(明治10年)東京都で(大森)貝塚が(モース)によって発見されました。 青森県の(三内丸山(さんないまるやま))遺跡で大規模集落跡、竪穴建物跡、大型掘立柱建物跡、土器・石器などが発見されました。 |
確認 |
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縄文土器 縄目模様がついています。 |
深鉢形土器(火焔型土器) 縄文中期 新潟県十日町市笹山遺跡出土 十日町市博物館蔵 国宝 via Wikimedia Commons |
弥生時代
| 紀元前10世紀ごろ〜3世紀ごろ または 従来説では紀元前4〜3世紀ごろ |
弥生時代は、北部九州で水田稲作が始まった紀元前10世紀ごろから、3世紀ごろまでの時代です。大陸との交流を通じて、水稲農耕、青銅器、鉄器などが伝わり、集落の大型化や身分差、争いも見られるようになりました。 (高床)倉庫でねずみによる被害の防止や風通しをよくして湿気対策を行っていました。 佐賀県の(吉野ヶ里)遺跡で大規模な集落が見つかりました。 (弥生)土器が使用されました。 |
確認 |
| 弥生土器 |
壺形土器・後期(1〜3世紀) 東京都大田区久が原出土 via Wikimedia Commons |
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| 1世紀 |
(『後漢書』東夷伝)に以下の記述があります。 西暦57年、倭の奴国の王が後漢の(光武帝)に使者を送り、(漢委奴国王(かんのわのなのこくおう))と刻まれた金印を授けられました。 この金印は1784年に福岡県志賀島(しかのしま)で発見されました。 |
確認 |
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漢委奴国王印 純金です |
漢委奴国王印 via Wikimedia Commons |
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| 3世紀 |
(魏志倭人伝)に邪馬台国の(卑弥呼)の記述があります。 239年、邪馬台国の女王卑弥呼は魏に使節を派遣し(親魏倭王(しんぎわおう))の称号と金印紫綬、銅鏡100枚を賜りました。 |
確認 |
古墳時代
| 3世紀後半〜7世紀ごろ |
古墳時代は、3世紀後半ごろから7世紀ごろまでの時代です。 各地の有力者が大きな古墳を造り、特に前方後円墳はヤマト政権との関係を示す重要な特徴とされます。 5世紀には倭の五王が中国南朝の宋に使者を送り、6世紀ごろには氏姓制度を通じてヤマト政権の支配体制が整えられていきました。 前方後円墳の出現 → ヤマト政権の拡大 → 群集墳の広がり 埴輪・・・古墳の墳丘(盛り土)の上や周囲に並べられた素焼きの焼き物 土器・・・土師器、須恵器 |
確認 |
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前方後円墳 |
Copyright © National Land Image Information (Color Aerial Photographs), Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism, Attribution, via Wikimedia Commons 大阪府堺市の最大規模の前方後円墳(5世紀前半-中頃の築造)。 大仙陵古墳、大山古墳、仁徳天皇陵古墳とも呼ばれる。被葬者は確定していない。 世界三大墓の一つといわれることがあります。あと2つは、エジプトのクフ王のピラミッドと秦の始皇帝陵です。 |
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| 5世紀 |
宋書倭国伝に倭の五王(讃・珍・済・興・武)の記述があります。 |
確認 |
| 稲荷山古墳鉄剣 |
稲荷山古墳出土鉄剣(国宝)via Wikimedia Commons 獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)の文字があり、倭の五王の武(=雄略天皇)の説が有力となっています。 銘文に「ワカタケル大王」の名が刻まれていることは、5世紀後半には大王の権威が関東まで及んでいたことを示す重要な証拠です。同様の銘文が熊本県の江田船山古墳の鉄刀にも見られ、ヤマト政権の影響力が広い範囲に及んでいたことがうかがえます。 |
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| 6世紀 |
5〜6世紀ごろ、ヤマト政権の支配体制として(氏姓)制度が整えられました 仏教の伝来(538年説/552年説) 渡来人と文化・技術の伝播 |
確認 |
氏姓制度
| 氏 | 血縁の集団。支配地として(田荘(たどころ))を持ち、支配民として(部曲(かきべ))を持っていました。 |
| 姓 | 地位を表す。 |
| 臣(おみ) | 地域の王。葛城氏、平群氏、蘇我氏。 |
| 連(むらじ) | 朝廷の職務・職能に関わる有力氏族。大伴氏、物部氏、中臣氏。 |
| 君・直(あたい) | 地方の有力豪族。 |
代表的な氏族
| 漢氏 (あやうじ) |
文書行政(記録・外交文書) 儒教・漢字文化の導入 |
| 秦氏 (はたうじ) |
養蚕・機織り(絹) 土木・治水 財政・産業 |
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