日本史の流れの概要(江戸時代)

日本史の流れの江戸時代の概要です。ペリー来航までです。

概要 江戸時代
  元禄文化
  化政文化

江戸時代

1603年 徳川(家康)が(征夷大将軍)に任じられ江戸幕府を開きました。

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1605年 徳川(秀忠)が2代目将軍になりました。

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1614年 大阪冬の陣  
1615年 (大阪夏の陣)で豊臣家は滅亡しました。
(武家諸法度)を制定しました。大名のためのものです。
(禁中並公家諸法度)を制定しました。天皇と公家に対してです。

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1623年 徳川(家光)が3代目将軍になりました。  
 

徳川家光像/Wikipediaより引用

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1627年 (紫衣)事件
朝廷と幕府の対立の事件です。
朝廷が僧侶に紫衣着用の勅許を行うことを禁じたことに対して朝廷や僧侶側が反発しました。

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1635年 (参勤交代)制度を義務づけました。
大名が自国と江戸を行き来します。大名の負担は大きなものでした。

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園部藩参勤交代行列図(1)(南丹市文化博物館蔵)/Wikipediaより引用

 
1637年 (島原)の乱
(天草四郎時貞)を大将とした反乱です。幕府に鎮圧されました。

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1639年
鎖国政策
(ポルトガル)船の来航を禁止にしました。
以後、オランダ、中国、朝鮮、琉球とのみ貿易を行いました。
(長崎の出島)が窓口になりました。

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1642年 (寛永)の大飢饉
江戸四大飢饉のひとつ

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1643年 (田畑永代売買)禁止令

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1651年 徳川(家綱)が4代目将軍になりました。
(由比正雪)の乱
倒幕を企てましたが実行はされませんでした。

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1657年 (明暦)の大火
江戸三大大火のひとつです。振袖火事とも呼ばれます。

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1680年 徳川(綱吉)が5代目将軍になりました。

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徳川綱吉像/Wikipediaより引用

 
1687年 (生類憐れみ)の令
犬や鳥獣の保護を命じました。

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1702年 (赤穂)事件
赤穂藩藩主の(浅野内匠頭長矩)は、江戸城内で(吉良上野介義央)に斬りつけたため、切腹しました。理由は諸説あり不明です。
その後、赤穂藩の浪人の(大石内蔵助)ほか47人が(吉良上野介義央)の屋敷に入り(吉良上野介義央)を討ち取りました。

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1709年 徳川(家宣)が6代目将軍になりました。
(新井白石)が将軍を補佐しました。(正徳の治)と呼ばれます。
(生類憐れみ)の令を廃止しました。

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1713年 徳川(家継)が7代目将軍になりました。
(新井白石)が将軍を補佐しました。

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1716年 徳川(吉宗)が8代目将軍になりました。
(享保)の改革を実施しました。
町奉行に(大岡忠相)を登用しました。名奉行、大岡越前として有名です。
(町火消)を設置しました。
(株仲間)を公認しました。
1721 (目安箱)の設置・・・町民、百姓が投書可能でした。
1722 (上米)の制・・・大名が一定の米を幕府に納めれば、参勤交代の江戸にいる期間を半分にできる制度です。
幕府の権威は下がりました。

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徳川吉宗像(徳川記念財団蔵)/Wikipediaより引用

 
1732年 (享保)の大飢饉
江戸四大飢饉のひとつ

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1745年 徳川(家重)が9代目将軍になりました。

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1772年 (明和)の大火・・・江戸三大大火のひとつです。
(田沼意次)が老中になりました。
重商主義政策をとりました。
(株仲間)の結成を認めました。

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1782年 (天明)の大飢饉
江戸四大飢饉のひとつ

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1787年 徳川(家斉)が11代将軍になりました。
老中の(松平定信)が(寛政)の改革を行いました。
1789 (棄捐令(きえんれい))・・・旗本や御家人の借金を帳消しにしました。
1790 (寛政異学(きえんれい))の禁・・・朱子学を正学としました。

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1792年
国外の影響
ロシア使節の(ラクスマン)が(根室)に来ました。
幕府に通商を求めました。
また漂流してロシアにいた(大黒屋光太夫)が帰国しました。

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1825年 (異国船打払)令
外国の船は追い返すという令です。

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1828年 (シーボルト)事件
シーボルトが(日本地図)などを国外に持ち出そうとしました。

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1833年 (天保)の大飢饉
江戸四大飢饉のひとつ

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1837年 (大塩平八郎)の乱
(天保)の大飢饉がきっかけです。
奉行の米の買い占めに対して武力蜂起しました。
(モリソン号)事件
アメリカの船の(モリソン号)を砲撃で追い返しました。

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1839年 (蛮社の獄)
モリソン号事件と幕府の鎖国政策を批判したため(高野長英)、(渡辺崋山)らが捕らえられました。

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1841年 老中の(水野忠邦)が(天保の改革)をはじめました。
幕臣の綱紀粛正を行いました。
(株仲間)を解散しました。
(人返し)令・・・江戸に来た農民を地元に返す
(上知)令・・・江戸や大阪の周辺を幕府の直轄地にする
反発が強まり2年で中止されました。

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1853年 ペリーが浦賀に来航

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元禄文化

浮世草子 (井原西鶴)・・・好色一代男

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歌舞伎/人形浄瑠璃 (近松門左衛門)・・・曽根崎心中、国性爺合戦、女殺油地獄

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俳諧 (松尾芭蕉)・・・おくのほそ道
(松尾芭蕉)の発句として以下は有名です。
「古池や蛙飛びこむ水の音」

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屏風絵 (尾形光琳)・・・八橋図 六曲屏風一双

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八橋図 六曲屏風一双/Wikipediaより引用

 
浮世絵 (菱川師宣)・・・見返り美人図

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見返り美人図/Wikipediaより引用

 

化政文化

小説 (山東京伝)・・・仕懸文庫(しかけぶんこ)、江戸生艶気樺焼
洒落本と呼ばれます。

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  (滝沢馬琴)・・・南総里見八犬伝

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  (十返舎一九)・・・東海道中膝栗毛

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浮世絵 (喜多川歌麿)・・・寛政三美人

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「寛政三美人」 歌麿画/Wikipediaより引用

 
  (東洲斎写楽)・・・三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛

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三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛/Wikipediaより引用

 
  (葛飾北斎)・・・冨嶽三十六景

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『冨嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」/Wikipediaより引用

 
  (歌川広重)・・・東海道五十三次

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東海道五十三次之内 日本橋/Wikipediaより引用

 

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日本史の流れの概要(幕末:ペリー来航~大政奉還)

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